| 不詳 | 梶川魚兵衛/正之 | OD18:梶川魚兵衛/正之 | ● |

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| 梶川忠助 | 梶川正友 |
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| 藤原姓といわれるが、ここに記載する。父の魚兵衛は尾張知多郡小川村梶に生まれ、武田信玄の臣として1559年(永禄12年)の富士信忠らとの戦いである富士大宮合戦にて討死にした。忠助は1592年(文禄元年)に徳川家康に仕え、武蔵国都築郡において采地220石を賜った。肥前名護屋および関ヶ原の戦い,大坂の陣に供奉し、1632年(寛永9年)に小普請奉行となり、1637年(寛永14年)には御裏門切手番の頭に転じた。 | 父の正之は元和年間(1615~23年)に御徒に召し加えられ、のちに徳川家光の長女・千代姫の侍となった。2代・正友も千代姫の侍をつとめ、1683年(天和3年)に千代姫の広敷の用達となり、百石を加えられ、下野国芳賀郡において200石を知行した。1698年(元禄11年)に千代姫が逝去すると小普請となり、1699年(元禄12年)に77歳で隠居した。享年88。 |